教会総会も祝福のうちに終わり、小生が4月以降も立川福音自由教会で協力牧師として、主任牧師をサポートする働きを続けられることが決まりました。
心より感謝します。引き続き示された時に、この自由な配信も続けたいと思っています。
先日、米国のルビオ国務長官がミュンヘンでの安全保障会議で、米国は文化的に欧州の子どもであると語り、欧州各国の代表者たちから心からの感謝の拍手を受けたとの報道がありました。いろいろな軋轢がありますが、欧州も米国も共有の精神的な土台を持っているのかと思います。ただ、それでは東洋の端っこにある日本の立ち位置は何なのかと、ふと思いました。
そのような中で 梅棹忠夫氏の著書「文明の生態史観」という本を紹介され、とっても納得がいったことがあります。そこでは文化圏が違っても同じような共同体の価値観が、生態系のように生まれることが紹介されています。
中国やロシア、イスラム圏、などの乾燥地帯では強大な権力による統一王朝が繰り返し生まれるが、破壊と再生の繰り返しで、継続的な共有できる価値観を持つ共同体が育たないという視点です。それに対し、西ヨーロッパ諸国も日本も、モンゴル帝国の攻撃を退けて独自の文化や共同体を守り続けてきたというのです。
梅棹氏は示唆的なことしか記していませんが、日本の封建時代と西ヨーロッパでの騎士道などに見られる封建主義の共通点を語っています。封建主義は地方分権が尊重され、それぞれの地域での共同体形成が進みました。
そのような中で、商業の発展が見られます。昨年のNHK大河ドラマでも江戸時代の商人の経済的な繁栄と独自の文化の発展が描かれていました。
考えてみたら、日本の明治維新は不思議な現象です。士族階級の特権を失わせるような大改革が行われました。それができたのは、武士の統治を排除しても日本全体の経済を機能させる土台がすでに成立していたからです。民衆レベルで国を機能させようとする意識が共有されていたからです。第二次大戦での決定的な敗北を味わっても、米国を中心とした占領軍は、日本の官僚組織や各地の共同体をそのまま生かすことができました。
日本に住む多くの人々は、自分たちの主体的な働きこそが国を成り立たせる基本であるという意識を持っています。これこそ民主主義の基本です。ところが、独裁的な権威主義によって国をまとめてきた中国、ロシア、イスラム圏諸国などユーラシア大陸の中心を占める国々は、家族や氏族の結びつきはあっても、ともに国を作り上げようという意識が希薄になりがちです。
一般の民衆レベルでともに国を作り上げようという意識が強いという点では、欧米も日本も同じような伝統があるように思います。
日本は中国やロシアと隣接する国ですが、欧米との共有できる民主主義的な価値観が根付いているということを忘れてはいけないと思いました。
詩篇116篇のテーマは、「愛しています。信じています」という一人ひとりの心の底から生まれる意識が描かれています。日本人の村社会的な意識は国を成り立たせる上ではとっても役に立つ面がありますが、個々人の責任意識や自由な決断が埋没させられる可能性があります。日本の美しさを感謝しつつ、真に、神に喜ばれる生き方を模索し続けたいと思わされます。
詩篇116篇1–19節「愛しています。信じています」
この詩篇はギリシャ語七十人訳では1–9節と10–19節で二つの詩篇に分けられ、それぞれの始まりにハレルヤということばが入っています。ヘブル語原文でも、1節と10節には、「私は愛しています」、「私は信じています」という対比が見られます。
1節の原文は、「私は愛しています。それは、主 (ヤハウェ) が私の声と私の願いを聞いてくださるから」と記されています。不思議にも「愛する」ということばに目的語が入っていません。その上で「愛する」ことの理由が、「主 (ヤハウェ) が聞いてくださるから」と極めて直接的に記されます。これは多くの詩篇の始まりが、「聞いてください!」という必死の嘆願から始まっているのと対照的に思えます。しかし、3節で、「死の綱が私を取り巻き よみの恐怖が私を襲い」と記されていることばには、まるで「地獄での死の恐怖で震えている」ようなニュアンスがあります。まさにこの著者も、絶望的な状況の中で主の御名を呼び求め、それが聞き入れられたことの感謝からこの告白が生まれているのです。
そして、その恐怖の余韻が残る「私のたましい」に向かって「おまえの全きいこいに戻れ」と自分で優しく語りかけます (7節)。そしてその理由が改めて、「主 (ヤハウェ) が おまえに良くしてくださったのだから」と記されます。そしてその結論としての告白が、「私は生ける者の地で 主 (ヤハウェ) の御前を歩みます」(9節) と記されます。
10節の原文の始まりも「私は信じています」という目的語なしの告白が記され、その上で、「私」ということばが強調されながら、「まことに私は語ります」と記されます。使徒パウロはコリント第二の手紙4章13節でこの箇所を引用しながら「それと同じ信仰の霊を持っている私たちも、信じているゆえに語ります」と記します。
その直前に彼は「私たちは四方八方から苦しめられますが、窮することはありません。途方に暮れますが、行き詰まることはありません。迫害されますが、見捨てられることはありません。倒されますが、滅びません」(同8、9節) という逆説を告白します。パウロが苦しんだのは福音を「語った」からですが、彼が苦難に屈することなくそのようにできたのは、自分のうちに復活のいのちが生きて働いているのを「信じていた」からです。
ここでも、「私は大いに苦しんでいました」と告白されます (10節)。これは、主を信頼しているからこそ、強がることなく自分の弱さを表現できたという意味に理解できます。さらに「この私は恐れうろたえて言いました。『人はだれでも偽りを言う』と」(11節) と記されますが、これも自分の混乱したこころを正直に表現したものです。それは苦しみや恐れの中で、「主 (ヤハウェ) の御名を呼び求め」(13節) ることができるからです。
そして15節で「主の聖徒たちの死は 主 (ヤハウェ) の目に尊い」と記されるのは、主の目には、聖徒たちの死は、すでにこの世の死を超えた「いのち」と見られているという復活信仰の告白です。またこの前後の14、18節では「私は自分の誓いを主 (ヤハウェ) に果たします」と繰り返されます。それはこの世の困難の中で、すでに自分のいのちが守られていることを前提に、「感謝のいけにえを献げる」(17節) ことです。著者は全体を通して、自分のいのちが主の愛の御手の中に堅く包まれていることを告白しています。
【祈り】主よ、「私は愛しています」「私は信じています」と大胆に告白させてください。この地で私たちが体験する様々な死の恐怖も困難も、キリストのうちにあるいのちの豊かさを表すための舞台に過ぎないということを、いつでも覚えさせてください。

