毎日のように戦争の話しが報じられています。戦争は徹底的な悪ですが、そこでこそ現わされる「国のかたち」の問題が現れます。妻の父は第二次大戦の中で、最も愚かな作戦と呼ばれたインパール作戦の生き残りでした。それは現在のミャンマーからインドの北東部にあった英軍の拠点のインパールを目指し、そこを占領するという作戦でしたが、作戦参加の85,600人中7万人以上が、ほとんど餓死や病で命を落とし、日本軍の撤退路は白骨街道と呼ばれました。
作戦の責任者は、この作戦は常識では計ることができない作戦であり、補給路の確保は困難であり、基本的な食物は敵から奪い取ることにすると言っていました。補給路を確保せずに敵の陣地に攻撃を仕掛けるなど、兵士を人間とは見ていない、弾薬以下の消耗品に見るような作戦です。そのような作戦が立てられたこと自体が、日本軍の末期症状を現わしています。まさに太平洋戦争はすでに内側の崩壊によって、敗戦が決まっていました。
今、ウクライナに対するロシアの攻撃の激しさが話題になっています。ロシアがいつまでたっても攻撃の手を緩めようとしません。しかし、ロシア軍の内部崩壊が始まっているという話しがあります。それは、負傷者と戦死者の比率に現れていると言われます。
通常、近代戦では負傷者は戦死者よりはるかに多いと言われています。医療体制、後送システム、装備の改善がそれを支えているとのことです。最も悲劇的な第一次世界大戦ですら、負傷者:戦死者の比率は、4:1ないし5:1だったと言われます。アメリカが戦ったイラク戦争やアフガニスタン戦争ではその比率が、10:1ないし13:1に達したとのことです。
ところがロシア軍の内部評価は、0.61:1とのことです。これは負傷者より死者の方が多い戦争ということで、医学的に言えば、これは「医療システムが戦場から消えている」状態と言えるそうです。負傷者が救われないで次々と死んでゆく体制です。それは第一に、戦場医療の崩壊、第二に、後送能力の欠如、第三に、戦場管理の破綻を意味します。ロシア軍はこの三つすべてを同時に失っている可能性が高いとのことです。
特にドローン監視が支配する現代戦では、負傷兵の回収そのものが危険な任務になります。砲兵とFPVドローンが上空から戦場を監視する環境では、救護班や装甲救急車は最優先の標的になります。つまり、負傷兵は戦場に取り残されることになるのです。取り残された兵士は、出血、感染、低体温、あるいは再度の攻撃によって、数時間から数日で死亡することになります。
負傷兵を救い、回復させ、再び戦場に戻すという形がなければ戦争の継続は困難です。それに対し、ロシア軍では兵士は消耗品であり、負傷は回復の入口ではなく、死亡の前段階になっています。内部にこのような問題を抱えている軍隊は、すでに内部崩壊を始めていると言わざるを得ません。まさに日本軍が内部から崩壊し、敗戦に至ったと同じプロセスを歩んでると言えましょう。
詩篇122篇「エルサレムの平和のために祈れ」
残念ながら、現在のエルサレム市はしばしば宗教対立のシンボルの町にように見えてしまいます。多くのユダヤ教徒ばかりかクリスチャンにとっても、昔のエルサレム神殿の跡地にイスラム教のモスクが建っていることに悲しみを覚え、その状況が平和裏に正されることを願って、「エルサレムの平和のために祈れ」(6節) という訴えがなされます。しかし、残念なのは、そこでしばしば、終末論の理解を巡って信仰者の間に争いが生まれることです。
6–8節に「平和(シャローム)」ということばが三度繰り返されますが、それに挟まれるように、「安らかであるように」「平穏であるように」と記されます。このふたつのことばとも平和(シャローム)と基本的な意味は同じです。そこでは具体的な地上の都市としてのエルサレム以前に、エルサレムを愛する人々、エルサレムの城壁または城塞(宮殿)の中に住む人々、またダビデの兄弟や友、つまり、すべての神の民のための平和を祈ることが求められているのです。
すなわち、神の民とされている人々のただ中にシャローム(平和、平安、繁栄)が実現することこそが、ここでの祈りの第一の趣旨です。
イエスは弟子たちに向かって、「わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。互いの間に愛があるなら、それによって、あなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるようになります」(ヨハネ13:34、35) と言われました。
つまり、神の民が互いに愛し合っている姿こそが、この世界、またエルサレムが変えられる鍵となるというのです。つまり、エルサレムの平和のために祈ることと、あなたが集っている礼拝の交わりの平和を祈ることは切り離すことができないのです。そのことが9節で「私たちの神、主 (ヤハウェ) の家のために 私はあなたの幸いを祈り求めよう」と記されます。
ところで、「さあ 主 (ヤハウェ) の家に行こう」(1節) という呼びかけは、たとえばナザレに住んでいたイエスの父ヨセフにとっては、往復に一週間もかかる距離でした。ですから遠隔地に住む人々は、年に三度の主の祭りにしかエルサレムに上って行くことができませんでした。
しかし、それは彼らにとっての何よりの喜びの旅でした。1–3節はその大きな犠牲を伴う巡礼の旅に向かう喜びと、エルサレムに到着したときの喜びが描かれています。
使徒の働き8章26–40節には、はるか遠いエチオピアの女王に仕える高官である宦官が、エルサレム神殿に巡礼して、聖書を手にし、帰りの馬車で預言者イザヤの書を読んでいたようすが描かれています。彼は神殿の外庭までしか入れてもらえませんでしたが、エルサレムに巡礼できたこと自体を喜んでいました。そこには4節に描かれた「主 (ヤハウェ) の部族」の幅が新約の時代に広げられる姿が描かれています。
さらに5節には「さばきの座」という言葉が記されていますが、「さばき」とは最後の審判以前に、神のご支配の現実を指した表現です。つまりエチオピアの宦官が、ピリポに助けられて主のことばを理解でき、それに従ったこと自体が、主のさばきがエルサレムから全地に広がっている最大の証しになっていたのです。そして、私たちもエルサレムから広がった「主 (ヤハウエ) の家」(1、9節) の一部である主の教会の交わりの中に招き入れられています。
主の家における礼拝は、私たち信仰者にとって、あらゆる犠牲を払ってでも守るべき責任であるとともに、喜びの源泉です。神の平和がそこから世界に広がるからです。
【祈り】主よ、私たちは「エルサレムの平和のために」祈ります。それは終末預言の成就以前に、神の民の間に平和が実現し、その愛の交わりが、世界に広がって行くことの願いであることを覚えます。エルサレムから地の果てまで主の教えで満たされますように。

