民数記は、人口調査に目を向けたようなギリシャ語訳に由来しますが、ヘブル語のタイトルは「荒野において」で、「主 (ヤハウェ) はモーセに語られた」という書き出しに続く単語から取ったものです。この書はイスラエルの民が約束の地に入る前の荒野の四十年の歩みの記録ですのでヘブル語書の方が的確です。
私たちも「新しい天と新しい地」に入れられる前に「地上では旅人であり、寄留者であることを告白し」(ヘブル11:13) ながら、荒野のような地で生きる必要があります。不安と混乱はあるのが当たり前なのです。
そして彼らが荒野で誘惑に負けて遠回りせざるを得なかったように、私たちもときに誘惑に負けます。しかしイエスが公生涯の初めに荒野に導かれ40日間の悪魔の誘惑を受けたことはイスラエルの民の体験をやり直す意味があります。
イエスは、その誘惑に勝利され、今、ご自身の御霊を私たちに授けてくださいました。
1.「二十歳以上で戦に出ることができる者をすべて、その軍団ごとに登録しなければならない」
イスラエルの民はエジプトから解放された三ヶ月目にシナイ山のふもとで律法を受けました (出エジ19、20章)。その後、彼らは金の子牛を作って拝みますが、神に赦され、「第二年目の第一月……第一日に幕屋は建てられ」ます (出エジ40:17)。
この書は、それから一ヵ月後の「二年目の第二の月の一日」に「会見の天幕で告げられた」ことから始まります。レビ記の中心はその一ヶ月間に与えられた啓示でしたが(レビ27:34)、ここではそれからの信仰生活の現実が記録されます。それは私たちの日々の歩みと重なります。
主はモーセに、「イスラエル人の全会衆を、氏族ごと、一族ごとに調べ……二十歳以上で戦に出ることができる者をすべて、その軍団ごとに登録しなければならない」(1:2、3) と命じました。その上で各十二部族の「かしら」である十二名の名が記されます (1:4–16)。
その上で「二十歳以上の者の名を一人ひとり数えて、その家系を登記した」(1:18) というのです。聖書の物語はいつでもパーソナルなもので、いつも「ひとり」に注目されます。それにしても、主は今、逃亡奴隷の集団をカナンの先住民をさばく戦闘集団に作り変えようとしておられます。
ただし、それは当時の世の軍事組織とは違い、戦いの主体は主ご自身であり、彼らに求められていることは、目の前の敵に背を向けることなく、主に従って前進することです。しかも、彼らは女性や子供、老人たちを守りながら進む必要がありました。そのような戦いの前に人口調査が命じられたのは、信仰は、盲目な追従ではなく、現状を把握することから始まるからです。
1章20節~46節ではイスラエルの十二部族それぞれの二十歳以上の軍務に着く男子の数が記されます。その総計は603,550人で、女性や子供を入れると数百万人の人数になっていたと思われます。
ここに、アブラハムの子孫が星の数のように増え広がるという約束 (創15:5) の成就を見ることができます。
そして2章ではそれぞれの部族をどのように配置するかの神の命令が記されます。彼らは幕屋を囲んで、東西南北に四つの旗のもとに三部族ずつのグループに分かれます。
幕屋の東側の中心はレアから生まれた四男ユダ族でした。彼らは十二部族中の最大で軍務に就く者が74,600人いました。この旗のもとに同じレアの子、九男イッサカル54,400人と、同じ十男ゼブルン57,400人が宿営しました。そして、イスラエルの移動の際、ユダを先頭に他の二部族とともに先頭集団を構成しました。
幕屋の南側の中心はレアから生まれたヤコブの長男のルベン族の旗で、彼らは46,500人の勢力でした。そして、それを挟んでレアから生まれた次男のシメオン59,300人、レアの女奴隷ジルパから生まれた第七男のガド45,650人が宿営しました。
幕屋の西側の中心は、ヨセフの子エフライムの旗で、彼らの勢力は40,500人でした。それをはさんで同じヨセフの子のマナセ32,200人、またヨセフと同母十二男のベニヤミン35,400人が宿営しました。この三部族はラケルの子らで、少数であっても契約の箱の直後を歩く栄誉に預かっていました。
幕屋の北側の中心はラケルの女奴隷ビルハから生まれた五男ダン族の旗で、勢力は62,700人でした。それを挟んでレアの女奴隷ジルパの子、八男のアシェル41,500人と、ラケルの女奴隷ビルハの子の六男のナフタリ53,400人が宿営しました。そして、これら三部族がしんがりを守りました。
十二部族の真ん中に主 (ヤハウェ) の幕屋が置かれましたが、それは主が彼らの真ん中に住むという意味でした。そして敵が攻めてきたとき、前線に立つのは彼らではなく、主ご自身でした。まさにこの布陣は、民が主を守るのではなく、主が民を守ってくださるしるしであったのです。
なお、「イスラエルの子らは、すべて主が命じられたとおりに行い、それぞれの旗ごとに宿営し、それぞれの氏族ごと、一族ごとに進んで行った」(2:34) と記されるように、神は、家族、氏族、部族をそのまま軍事組織にまとめるとともに、基本的に一部の例外を除き、同じ母から生まれたゆかりのある部族を三つ集めて四方の陣とを作っています。
イエスが十二弟子をご自身の周りに置かれたのはこれに倣ったものです。十二部族の陣形と十二使徒は、黙示録21章12–14節では「新しいエルサレム」の姿が、「都には大きな高い城壁があり、十二の門があった。門の上には……名前が刻まれていたが、それはイスラエルの子らの十二部族……であった。
都の城壁には十二の土台石があり、それには、子羊の十二使徒の……名が刻まれていた」と描かれます。
それにしてもイエスは十二使徒を不思議な形で選びました。そこでイエスは血縁の家族を組み合わせ、それを土台としながら、そこに取税人マタイや熱心党員のシモン、疑い深いトマス、夢見るナタナエル、そして最後にイスカリオテのユダなどの外れ者のような人々を加えられたのです。
人と人との信頼関係は、様々な緊張関係を経た上で初めて堅くされます。神は、肉の家族を大切にされ、しかもそれが閉鎖的にならず、そこに外部の人が次々と加わることができる開かれた交わりへと成長させてくださいます。しばしば、教会でも、年月とともに家族や親戚関係が増えてきますが、それは歓迎すべき展開でしょう。
2.「すべての仕事は、アロンとその子らの命令によらなければならない」
レビ族は相続地の割り当てがなく、その生活は他の十二部族からの献げ物によって支えられ、ただ主 (ヤハウェ) に仕えることが求められました。
モーセとアロンもレビ族の中のケハテ族ですが、その中でもアロンの子孫のみが祭司として幕屋礼拝を導き、他のレビの諸族は祭司に付き添い、仕えることが求められ、三つの氏族に分けられました。
ゲルション族は幕屋の西側で、移動の際は、幕屋の天幕一式を運びました。その男子の数は7500人でした(3:21–26)。
ケハテ族は幕屋の南側にあって、契約の箱と聖なる用具一式を運びました。その男子の数は8600人でした (3:27–32)。
メラリ族は幕屋の北側にあって、幕屋の板や横木、柱や台座を運びました。その男子の数は6200人でした。
そしてモーセとアロンとその子らは幕屋の正面、すなわち東側にあって、イスラエル全体の代表として「聖所の任務に当たる者たち」(3:38) でした。
4章にはイスラエルの民の移動の際に、どのように幕屋を運べる状態にたたむかが描かれます。そこではまず祭司であるアロンとその子らが幕屋に入って仕切りの幕で契約の箱を覆い、その上に「じゅごんの皮の覆いを掛け、またその上に真っ青の布を広げ」とあるように、契約の箱は三重の幕で覆われます (4:5、6)。
また、臨在の机、金の燭台、金の祭壇などを覆って、運べる状態にするための順番が詳しく描かれます。契約の箱以外は外側が「じゅごんの皮」で包まれます。これはイルカの皮ともやぎの皮とも訳されることがあり何かが良くわかりませんが、風雨に耐える頑丈な皮であることは確かです。
ここには、神の幕屋の幕屋から木枠、その中の黄金の備品、いけにえを焼く祭壇までをいかに短時間で、人の目に触れないように梱包するかの手続きが描かれます。
すべては祭司たちの働きですが、その理由が、「ケハテ族が……聖なるものに触れて死ぬことのないように……一目でも聖なるものを見て死ぬことのないように」(4:15、20) と記されます。契約の箱を運ぶ者ですら箱の外さえも見るこが許さなかったのです。
またゲルション族が幕屋の幕を運ぶ際も「すべての仕事は、アロンとその子らの命令によらなければならない」(4:27) と命じられます。
またメラリ族が幕屋の板や横木等の用具を担う際に関しては、「祭司アロンの子イタマルの指揮下にある」(4:33) とのみ簡単に記されます。つまり祭司とレビ族の奉仕にも明確な区別があったのです。
これらの奉仕は、30歳から50歳のレビ人があたりました。そして、三つの氏族ごとに正確な人数が記されます。その総数は他の十二部族よりも格段に少なく8,580人でした (4:48)。これはレビ人男子の26%に相当します。
彼らが幕屋の任務に専念するのは、イスラエルの民がむやみに幕屋に近づいて死ぬことがないためでしたが (1:51)、同時に彼らはモーセに属する軍隊として神のさばきをイスラエルに執行することもありました (出エジ32:25–28)。つまり、レビ人は、神と民との仲介者として立てられたのです。
神は一人ひとりを等しく愛しておられますが、それは各人を同列に扱うことではありません。それぞれに固有の異なった使命が与えられますが、それは決して優劣を競ったり、比べられるようなものではありません。
この時のイスラエル共同体は、大旅団で移動する軍事組織に似た面がありましたから、これを現代の教会に当てはめるのには注意が必要です。
しかし、それでも、主ご自身が一人ひとりの指導者を立て、構成員一人ひとりの名を呼び、指導者のもとで働きを定めるという原則は同じです。また、聖霊に導かれるということと組織化し働きのルーティーンを定めるということは矛盾することではありません。
3.「『宥めの蓋』の上から、主 (ヤハウェ) はモーセに語られた」
6章24–26には「アロンの祝祷」と呼ばれる祈りが記されます。これは神が一方的にすべての民を祝福してくださるための祈りです。
三度の「主 (ヤハウェ) 」の御名には三位一体の主の祝福が表わされます。主 (ヤハウェ) という名には、「わたしは、『わたしはある』という者である」という主ご自身の自己紹介の意味が込められています (出エジ3:14)。
その方が「イスラエルの子ら……をこのように祝福しなさい」と「アロンとその子ら」に最高の祈りを教えてくださいました。
第一は「主 (ヤハウェ) があなたを祝福し、あなたを守られるように」で、「祝福」は旧約では、家族や財産、健康などに現わされました。「守る」とは創造主の永続的な心のこもったケアーです。
第二は「主 (ヤハウェ) が御顔をあなたに照らし、あなたを恵まれますように」です。本来、肉なる人間に主の御顔が照らされるなら、焼き滅ぼされてしまいますが、ここでは光の創造主ご自身の「御顔」が私たちを優しく「照らして」くださることを意味します。また「恵まれますように」とは、「あわれむ」「同情する」とも訳される創造主との生きた交わりを指します。
第三は「主 (ヤハウェ) が御顔をあなたに向け、あなたに平安を与えられますように」です。「御顔を……向け」とは、一人ひとりに微笑みの眼差しを向けてくださるようにとの願いです。「平安」とはヘブル語のシャロームで、すべての必要が満たされている状態です。
三つの文章は徐々に長くなり、最後が「いのちの祝福が世界に満ち溢れる」という意味のシャロームで終わる美しい構造です。
しかもここには、祭司が主の御名で民のために祈るなら、「わたしは彼らを祝福しよう」という約束が保障されています。礼拝の終わりの祝祷には、想像を絶する約束が伴っています。
7章は時間的には6章までの記事の一ヶ月前の、出エジプト記40章の幕屋の完成の直後のできごとです。そこでは「祭壇に油注ぎが行われた日」の「祭壇奉献のための……ささげ物」(7:10、11)が描かれます。それは、神が逃亡奴隷の集団を、荒野でいかに豊かに祝福しておられたかの証しでもあります。
彼らは荒野に入って間もなく、パンも肉もないとつぶやきましたが、実際はここでささげられるほどに豊かに穀物も家畜も与えられていました。
そして、12節から83節まで、部族ごとに同じ献げ物が12回繰り返されます。神の前では「以下同文……」という省略はありません。それぞれの部族の規模は違っても、神はそれぞれを公平に扱い、同じ礼拝を求めます。また私たちはその恵みに対する応答を「家族単位での礼拝」として現すことが求められます。
これらを合わせると、全焼のささげ物として「雄牛、雄羊、子羊」、罪のきよめのささげ物として「雄やぎ」が各部族1頭ずつ、また和解のいけにえとして「雄牛」が各部族2頭、雄羊、雄やぎ、子羊が各部族5頭ずつ献げられました。
これは二十歳以上の軍務に着くことができる男子だけで60万人を超える大集団からの献げ物ですから、驚くべき数とも言えません。ただし人間的には荒野を彷徨う状況ですから、決して小さな犠牲とも言えません。
主がこれらのいけにえを命じ、彼らがそれに喜んで従ったという中に、天地万物の創造主が彼らの真ん中に住んでくださることの「祝福」が現されています。
そしてこれらの「献げ物」の後でモーセが会見の天幕に入ると、主 (ヤハウェ) は「あかしの箱の上にある『宥めの蓋』(mercy seat) の上から、すなわち二つのケルビムの間から」、親しく「彼に語られた」というのです (7:89)。それは、主が天からイスラエルの民と同じ地平にまで降りて来られ、具体的に彼らの真ん中に住んでくださったことの結果です。
十字架とは、「宥めの蓋」にイエスご自身がなってくださったというしるしです (ローマ3:25別訳)。神は今、私たち一人ひとりにモーセに語るように語りかけてくださいます。そして、私たちがそのような神の祝福を体験する時、人と人との関係にもシャロームが実現します。
4.「その地の人々を恐れてはならない……主 (ヤハウェ) が私たちとともにおられるのだ」
10章11節には「二年目の第二の月の二十日に、雲があかしの幕屋の上から離れて上った」と描かれます。するとユダの宿営の旗の出発に続き、レビのゲルション族、メラリ族が幕屋を取り外して運び、南側のルベンの旗に続いて「聖なるものを運ぶケハテ族が出発」(10:21) と記されます。
その後、西側のエフライム、北側のダンの旗のもとに残りが出発します。
こうして、「彼らは主 (ヤハウェ) の山を旅立ち、三日の道のりを進んだ」のですが、その際、「主 (ヤハウェ) の契約の箱は……彼らの先に立って進み、彼らが休息する場所を捜した」(10:33) と記されます。休息の場所に導くのは主ご自身なのです。
それでモーセは、契約の箱が出発する際は、「主 (ヤハウェ) よ。立ち上がってください……あなたを憎む者が、御前から逃げ去りますように」と祈り、とどまるときは「主 (ヤハウェ) よ。お帰りください。イスラエルの幾千幾万の民のもとに」と祈りました (10:35、36)。
13章1–16節で、主はカナンの地を探らせるために各部族の代表を遣わすように命じますが、その名は1章とはまったく違います。彼らは次世代のリーダーとして立てられていたのでしょう。
ここで特に注目されるのは、エフライム族の代表ホセアがヨシュアと名づけられ (13:16)、モーセの後継者とされようとしていることです。
彼らは、その地の民の勢力と土地の豊かさを調べるため、レボ(入り口)ハマテというヘルモン山の北にまで行き、四十日間カナン全土を偵察し、二人が棒で担がなければならないほどに大きなぶどう一房を運んできました。
彼らは「そこには確かに乳と蜜が流れています」(13:27) と、土地の豊かさを報告しました。ただ同時に「その地に住む民は力が強く、その町々は城壁があって非常に大きく、そのうえ、そこでアナクの子孫を見ました」(13:28) と言います。彼らはアナク人を、ノアのときの洪水で滅んだはずのネフィリムの子孫と思っています (創世記6:4、13)。
しかもその地にアマレク人、ヒッタイト人、エブス人、アモリ人、カナン人なども住んでいると言いながら、「行き巡って偵察した地は、そこに住む者を食い尽くす地」と述べます。それはその土地の豊かさと同時にその地形のゆえに多くの異なった民族が住み、互いに殺し合っている現実を指したものでしょう。
それは民族的なまとまりのない征服しやすい土地とも言えるのですが、そのように解釈する代わりに「そこで見た民は、みな背の高い者たちだ……私たちの目には自分たちがバッタ(いなご)のように見えたし、彼らもそう見えただろう」と、推測を交えた誇張をしました (13:33)。
それを聞いた「全会衆は大声をあげて叫び、民はその夜、泣き明かし」、「なぜ主 (ヤハウェ) は、われわれをこの地に導いて来て、剣で倒れるようにされるのか。妻や子ども、かすめ奪われてしまう」と、悲観的な想像を巡らしたばかりか、「さあ、かしらを一人立ててエジプトに帰ろう」とまで言い出します (14:1–4)。
それに対しヨシュアとユダ族代表のカレブは、「私たちが巡り歩いて偵察した地は、すばらしく、良い地だった」と事実を冷静に述べながら、「もし主 (ヤハウェ) が私たちを喜んでおられるなら、私たちをあの地に導き入れ、それを私たちに下さる……ただ、主 (ヤハウェ) に背いてはならない。その地の人々を恐れてはならない……彼らの守りは……取り去られている……主 (ヤハウェ) が私たちとともにおられるのだ」(14:8、9) と必死に説得します。
しかし「全会衆は、二人を石で打ち殺そうと言い出した」(14:10) というのです。
そこで「主 (ヤハウェ) の栄光が会見の天幕からすべてのイスラエルの子らに現れ」、モーセに向かって「この民はいつまでわたしを侮るのか。わたしがこの民の間で行ったすべてのしるしにもかかわらず、いつまでわたしを信じようとしないのか」と、その不信仰を怒ります (14:10、11) 。
主はエジプト軍の追っ手を海に沈め、マナを天から降らせ、水を岩から湧き上らせてくださいました。主の栄光の雲こそ、全能の主の臨在のしるしでした。
主はさらにモーセに「わたしは彼らを疫病で打ち、ゆずりの地を剥奪する。しかし、わたしはあなたを彼らよりも強く大いなる国民にする」(14:11、12) と言われます。
ところが彼は必死に神に向かって、「あなたが昼は雲の柱、夜は火の柱の内にあって、彼らの前を進んでおられることを」、「異邦の民」が「聞いている」ので、主がイスラエルの民を殺すなら、彼らは「主 (ヤハウェ) はこの民を……誓った地に導き入れることができなかったので、荒野で殺したのだ」と主 (ヤハウェ) をあざ笑うことになると言いました (14:14、16)。
そればかりか、そうすれば、主ご自身の「主 (ヤハウェ) は怒るのに遅く、恵み豊かであり……」との約束を裏切ることになるとさえ訴えました (14:18)。
ここでモーセはまるで親友に語るように、率直に自分の意見を述べています。
主 (ヤハウェ) はそれを受け止め、「あなたのことばどおりに、わたしは赦す」(14:20) と言われます。
ただ同時に主は、「わたしの栄光と……エジプトとこの荒野で行ったしるしを見ながら、十度もこのようにわたしを試み、わたしの声に聞き従わなかった者たちは、だれ一人、わたしが彼らの先祖たちに誓った地を見ることはない」(14:22、23) とも言われ、カレブとヨシュア以外の二十歳以上の男子が荒野で死に絶えるまで荒野を彷徨わせ、偵察の40日を40年に数え直し、彼らを荒野に留めると言われます (29、34節)。
それを明らかにするため偵察に行った他の十人はすぐに「主 (ヤハウェ) の前に、疫病で死んだ」(14:37) と描かれます。
民はこのさばきを聞いて、悔い改めましたが、今度は無謀にも、主の命令に逆らって、山地の峰のほうに登ってゆきました。しかし、「主 (ヤハウェ) の契約の箱とモーセとは、宿営の中から動かなかった」(14:44) ので、彼らは徹底的に敗北し、荒野からカナンに北上する最短路は永遠に閉ざされました。
彼らは、目に見える敵の勢力に恐れをなして、神のみわざを忘れました。私たちも臆病のゆえに主に従うことができないで、大きな回り道をすることはがないでしょうか。
私たちの旅路の途中には「悪魔が、吠えたける獅子のように、だれかを食い尽くそうと探し回っています」(Ⅰペテロ5:8)。ただ獰猛なライオンたちは長く強い鎖で繋がれているとも言われます。
その危険を前に主 (ヤハウェ) は「わたしの義人は信仰によって生きる。もし恐れ退くなら、わたしの心は彼を喜ばない」と言っておられます。それに応じて、「しかし私たちは、恐れ退いて滅びる者ではなく、信じていのちを保つ者です」と告白されています (ヘブル10:38、39)。
民数記では、神が逃亡奴隷イスラエルの民をどのように整え、導いたかが描かれます。私たちも荒野のような地で生活しますが、私たちは共同体としてサタンの誘惑に抗しながら、神の愛を広げる働きのためにこの地に遣わされます。
キリストの教会は私たちのたましいの家です。そこでは、「キリストによって、からだ全体は、あらゆる節々を支えとして組み合わされ、つなぎ合わされ、それぞれの部分がその分に応じて働くことにより成長して、愛のうちに建てられることになります」(エペソ4:16) と約束されています。
イスラエルの十二部族の真ん中に主 (ヤハウェ) が住んで、彼らを約束の地へと導いてくださいました。私たちも今、「新しいエルサレム」「新しい天と新しい地」への旅を、このキリストにある愛の共同体を建てながら進んでゆきます。
信仰は極めて個人的な主< (ヤハウェ) との交わりですが、荒野での信仰生活は目に見える愛の交わりがなければ健全に保たれることはありません。私たちはキリストのからだの一部とされているからです。

