第二次大戦の終結の際に、当時の昭和天皇が、軍部の反対を押し切って、無条件降伏を受け入れたことには、その後のほぼすべての日本人が感謝の念を抱いていることと思います。
しかし、ハマスの指導者は、ガザ地区のこれほどの悲惨を見ながら、「日本の天皇のようにはならない」と、発言したということに驚くばかりです。
現在のガザ地区の悲惨の責任が、一方的にイスラエルにあるという世界中の多くの人々の見解があることは分かりますが、しかし、もともとのきっかけは、ハマスがイスラエルに奇襲攻撃をしかけ、多くの人質をとったテロ活動にあることは誰の目にも明らかです。
以前も、ハマスの指導者がカタールで贅沢な暮らしをしていることが日本でも報道されたことがあります。それは明らかに国連からの援助を横取りできる結果です。今も、ガザ地区の人々を、人間の盾として利用しながら、イスラエルの野蛮な行為を非難し、世界の世論を味方につけています。
イスラエル政府の現在の政策は明らかに問題に満ちています。
しかし、ハマスの指導者が日本の昭和天皇の決断を侮蔑するところに、彼らの問題が明らかになっているとも言えます。
当時の昭和天皇は、自分が殺されることも十分に覚悟していたことは確かです(天皇になり得る人は当時何人もいました)。しかし、日本国民の命と生活を守るために自分の身を犠牲にする覚悟を持っていました。米国のマッカーサー元帥のそれを知って、昭和天皇の継続を応援するようになったという話しは有名です。
それに対し、ハマスの指導者は、今までの経緯からすると、自分たちのプライドを守るためには、ガザの地区の人々の犠牲を何とも思っていないということが、この天皇を侮辱する発言から明らかに思えます。
なお、無条件降伏を受け入れた御前会議に関して誤解があるように思えますが、陸軍を背景とする三人の指導者と、首相、東郷外務大臣、米内海軍大臣の三人の意見が深夜11時50分から午前2時まで、真っ向から対立し、収拾の目途がつかない中で、天皇の決断を仰ぐということになりました。
そのとき天皇は「私は外務大臣の意見に同意である」という言い方をしています。それは内閣を尊重するという態度の表明でもあります。当時の陸軍が期待したように、天皇は大元帥として政治に介入しようとはしていません(皮肉にも、最後は、当の陸軍が天皇から強い反発を受けることになりましたが……)
石破首相の退陣が決まりました。日本の首相があまりにも短期間で変わることに多くの外国の指導者は驚くことと思います。
確かにフランスの首相もこの最近は次々と変わって政治的な混迷を深めていますが、少なくともマクロン大統領が最高権力者であることは世界中の人が知っています。
日本の天皇は政治的な意味での元首、政治指導者とならないというのは日本国憲法の根幹で、それにみなが同意しています。
それならば、もっと政治的な最高指導者の内閣総理大臣が長続きできる体制や世論を日本でも大切にすべきかと思います。
なお、聖書の世界では、天地万物の創造主こそが、この世界全体の王、支配者であると告白されています。そして、人間としての最高の指導者は、その創造主を恐れる人であるべきだと言われています。それが詩篇78篇に次のように記されています。
詩篇78篇59–72節「主はその聖所を 建てられた」
この詩の全体を通して、イスラエルの民がその最初の歩みから、いかに「神のあわれみ」を繰り返し軽んじ、神に逆らい続けたかが描かれています。それを前提に59節では、「神は 聞いて激しく怒り イスラエルを激しく退けられた」と記されます。つまり、イスラエルに対する「神の怒り」と「さばき」の背後には、神が深く「悲し」み、「心を痛め」ておられるという (40、41節)、神の熱い思いがあるのです。
神は人の愚かさを上から見下ろして、ご自分に従わない者を冷たく滅ぼされるような方ではありません。
60–64節は、サムエルの登場前のイスラエルに対するさばきが描かれています。祭司エリの息子たちは、幕屋礼拝を自分たちの私腹を肥やす機会と捉え、人々が神を礼拝するためにささげるいけにえを、何と横取りしていたというのです (Ⅰサムエル2:12–17)。彼らはまさに、「敬虔を利得の手段と考える者たち」(Ⅰテモテ6:5) でした。残念ながら、宗教を金儲けの手段と考える者たちが後を絶ちませんが、彼らこそがその先駆けでした。
それに対し、主は、「シロの御住まい……その幕屋を見放して……御栄えを敵の手に渡された」((60、61節) というのです。ペリシテ人がイスラエルを攻めてきたとき、祭司たちは契約の箱を戦いの前線に持ち出して、勝利を勝ち取ろうとしました。しかし、主は何と、ご自身の栄光を現わす「契約の箱」をペリシテ人に奪われるに任せ、それによって幕屋礼拝を停止させ、「ご自分の民を剣に引き渡」されたのです (62節)。それは、主の栄光がイスラエルを去ったことを意味しました。そして幕屋礼拝は停止されました。
65節では「そのとき主は 眠りから目を覚まされた」と不思議な表現がなされます。それは神がイスラエルの民の叫びに対し、まるで眠っておられるかのように沈黙していた状態からの驚くべき変化です。
そして続けて、「主は敵を討って退け 彼らに永遠のそしりを与えられた」(66節) と記されます。ただ同時に、「主は ヨセフの天幕を捨て……ユダの部族を選ばれた」と記されながら、エルサレムのシオンの山が新たな礼拝の場として、「高い天のように」また「永遠に基を据えた地のように」建てられたと記されます。そして、それを主導する担い手としてユダ族のダビデが選ばれたというのです。
そして、羊飼いであったダビデは、イスラエル全体の牧者として召され、「全き心で彼らを牧し 英知の手で彼らを導いた」(72節) と高く評価されています。ダビデが王として様々な欠けを持っていたことは周知の事実です。
しかしこの文脈では、シロにあった幕屋が捨てられ、エルサレムの礼拝の場が建てられたという展開が何よりも強調されています。
そのようにダビデの最大の功績は、イスラエルを礼拝の民として整えたことにあります。彼は苦難に会うたびに、神への美しい祈りを記し、それがイスラエル全体の賛美の歌とされました。人はみな、政治的な意味での有能な王を求めます。しかし、神が選んだダビデは、イスラエルの民を礼拝者として整えるための牧者であったのです。
なお、このダビデの働きを真の意味で引き継いだのが「ダビデの子」としてのイエスでした。多くのユダヤ人は、政治的な意味でのダビデ王国の再興を願いましたが、ダビデの功績は何よりも、礼拝共同体を立て上げたことで、それは現代に通じることです。
【祈り】主よ、私たちもダビデにように、様々な試練に会い、失敗を犯します。しかし、どうかその中で、ダビデのように真実にあなたにすがり、あなたを礼拝する者としてください。

