「まず神の国と神の義を求めなさい(探しなさい)」(マタイ6:33)

立川チャペル便り「ぶどうぱん」2026年イースター号より

 2001年9月にスイスの山奥のラサという村にある研修所で約二週間の牧師と牧師夫人向けの霊性のセミナーに参加できました。一昨年初めに、天に召された清瀬福音自由教会牧師の岩井基雄先生のお誘いによるもので、今度の寺村牧師就任式でメッセージしてくださる浦和教会の坂野慧吉先生もご一緒でした。十五六名の参加者のかなりの部分が天に召されていましました。
 僕はそのセミナーを通して、自分の心に沸き起こる思いを大切にして奉仕することを考えるようになりました。それがそれ以降の、旧約聖書のストーリー全体を通して、神のみこころ、歴史に現わされた神のみわざを知るということでした。幸い、そのような旧約のストーリーに関心を持つ方が次々とこの教会に加わり、結果的に、この会堂を建てることができる教会の流れとなりました。
 神の救いの物語を分かち合うことが新会堂建設の最大の要因だったように思います。それらはすべて掛け値なしに、純粋に神のみわざです。事実、スイスに研修に行く頃の僕は、本当に何をどうして良いかもわからない、八方ふさがりの状況でした。
 旧約の預言書には、「イスラエルの死と復活の物語」が記されているというのが、旧約全体を丁寧に読んできた感想です。神はイスラエルに徹底的な試練を与えることで、彼らを再生してくださいました。バビロン捕囚がなければ旧約聖書は現在の形に整えられることはありませんでした。そして、そのユダヤ人の信仰の基盤がなければ、イエス・キリストの誕生という神の救いのストーリーは生まれませんでした。イエスを十字架にかけてしまった当時のユダヤ人の信仰には、決定的な問題はありましたが、イエスはあくまでもイスラエルの王、ダビデの子としてこの世界に来てくださいました。
 実は、旧約全体からのストーリーに、「神の国」すなわち「神のご支配」と、「神の義」すなわち「神の真実」を見ることができます。イエス様は、「空の鳥を見る」こと、野性に生えている「花を観察する」ことによって、神のご支配(神の国)と神の義(真実)を発見することができると言われましたが、同じように、私たちは旧約全体のストーリーを味わうことで、「神の国」と「神の義」を再発見することができます。
 最近お話ししたレビ記にも何とすばらしい神の愛が現わされていることでしょう。それらを引き続き、ともに味わっていただければ幸いです。主任牧師の座を退きますが、聖書を読む感動は、いろんな方法で、ともに分かち合い続けたいと願っております。
 今後もよろしくお願いします。