ヨハネ9章41節〜10章18節「豊かないのちを与えてくださる牧者」

2015年9月13日

多くの人は、「主(ヤハウェ)は、私の飼い主。私は乏しいことがありません。主は私を緑に牧場に伏させ、憩の水際に伴われます。主は私のたましいを立ち返らせ、御名のために、義(ただ)しい道筋に戻されます。たとい、死の陰の谷を歩むことがあっても、わざわいを恐れはしません。あなたが、いつもともにいてくださいますから」という詩篇23篇のみことばに慰めを得ています。 “ヨハネ9章41節〜10章18節「豊かないのちを与えてくださる牧者」” の続きを読む

レビ11章〜15章「聖なる者とされる」

2015年9月6日

しばしば、キリスト教国に行くと、障害者の多さに驚くという人がいます。しかし、統計的には日本と何の差もありません。日本では障害を恥じ、また隔離するから目に付かなかっただけです。そこには、枠から外れた人を排除する文化があります。そして、本日のレビ記の箇所にも同じような排除の原理が記されているのでしょうか? “レビ11章〜15章「聖なる者とされる」” の続きを読む

ヨハネ9章24〜41節「あなたの目は本当に見えていますか?」

2015年8月16日

私の大学の友人は、「お前は弱い人を助ける尊い働きをしているね」と感心しつつ、笑いながら「俺も切羽詰ったら相談に行こうかな」と他人事のように言ってくれます。 “ヨハネ9章24〜41節「あなたの目は本当に見えていますか?」” の続きを読む

ヨハネ9章1〜25節「盲目に生まれたのは、罪のせいか?」

2015年8月9日

「健全なる精神は健全なる身体に宿る」ということわざは、ローマの詩人ユウェナリスの風刺詩集に由来します。本来は、精神の健全さが肉体に比例しない現実を見て、「健全なる精神が健全なる身体に宿るように」という「祈り」だったのに、日本では逆の意味になりました。それは、障害や病を忌み嫌う風土があるからかも知れません。 “ヨハネ9章1〜25節「盲目に生まれたのは、罪のせいか?」” の続きを読む

レビ1章〜3章「神の恵みの高価さを覚えるために」

2015年7月19日

レビ記は多くの人々から難解な書と思われ、しばしば敬遠されています。しかし、イエス・キリストの十字架の真の意味を、この書を飛び越えて理解することができるのでしょうか?しかも、「あなたの隣人をあなた自身のように愛しなさい」という聖書の最も有名なことばは、この書に由来します。これは私たちの生活に極めて身近な書ではないでしょうか。 “レビ1章〜3章「神の恵みの高価さを覚えるために」” の続きを読む

「戦後七十年を迎えるに当たって」 — 剣を鋤に、槍をかまに打ち直す社会を待ち望みつつ

立川チャペル便り「ぶどうぱん」2015年夏号より

東日本大震災と福島原発事故の後、「これは第二の敗戦である」という論調が数多く見られました。人々は、「想定外」ということばの欺瞞に気づき、「安全神話」という「神話」が作られる日本的な「和」の精神を反省しました。ところがそれから4年も経たないうちに、その反省は風化しているような気がします。つい七十年前の大日本帝国の世界に住んでいた人々は、「神国日本は、最後には必ず勝つ!」という「神話」を守ろうとする「和」の中で、自分の正直な気持ちを押し殺して生きていました。ですから、米国が日本を占領し、その神話を崩してくれたときに、解放された気持ちを味わった人々が驚くほど多くいたように思います。日本のマスコミの論調は一夜にして百八十度変わりました。今、私たちは「体制派」「反体制派」という政治的な枠組みを超えて、日本社会が持つ独特の問題に目を向ける必要があります。決して、過度に卑下することなく、アダムの子孫としての限界に目を開くのです。 “「戦後七十年を迎えるに当たって」 — 剣を鋤に、槍をかまに打ち直す社会を待ち望みつつ” の続きを読む

出エジプト34章11節〜40章38節「主の栄光を鏡に映すように見ながら」

2015年7月12日

カトリックの総本山サンピエトロ大聖堂の最高傑作と言えば丸天上のドームです。これは1506年の起工式の際に採用されていた基本設計ですが、実際に始めてみると、当時の技術では予算を大幅に上回る大工事になることが分かりました(現在の東京オリンピック競技場の顛末に似ている)。しかし、大富豪メディチ家の息子からローマ教皇になったレオ10世は、金に糸目をつけずに芸術家を雇い入れ、多額の借金を重ね建設を進めました。ただ、借金返済のために、ドイツでの免罪符の販売を許可し、マルティン・ルターの宗教改革を呼び起こしました。 “出エジプト34章11節〜40章38節「主の栄光を鏡に映すように見ながら」” の続きを読む

エペソ2章1〜10節「聖書が語る救いとは?」

2015年7月5日

レイ・シドニー兄 証し&賛美

「天は自ら助くるものを助く」(God helps those who help themselves)ということばは、古代ギリシャの有名な格言ですが、それがキリスト教会の中でも広まっています。これは、確かに一面の真理を表していますが、現実には、底なし沼のような「どん底」に追い込まれ、生きる気力さえ失っている人もいます。そんな人にとっては、「天は自ら助くるものを助く」というのは、強者の論理に聞こえることでしょう。 “エペソ2章1〜10節「聖書が語る救いとは?」” の続きを読む