エレミヤ1章1節〜4章4節「背信の子らよ。立ち返れ」

2024年4月28日

エレミヤ書は現代のクリスチャンホームの子にふさわしい福音です。創造主を礼拝する幸いを教えられてきたことは大きな恵みなのですが、心を興奮させるこの世の文化の刺激を受け、信仰生活を空虚で惰性的なものに思え、心が交わりから離れようとすることがあります。表面的に取り繕ってはいても、福音の本質が心に落ちていません。 “エレミヤ1章1節〜4章4節「背信の子らよ。立ち返れ」” の続きを読む

誰も聞こうとしない説教の準備〜エレミヤ1章7、9節

 昨日1968年に流行ったフォーククルセダーズの「何のために」という曲を紹介しました。その作詞者の北山修はその後、日本の精神医学会をリードするような存在へと成長しますから、その詩の意味の深さも格別だったのかと思います。
 実は、この曲は、1966年にリリースされたビートルズの名曲エリナー・リグビーに刺激を受けて書かれたものだと言われています。 “誰も聞こうとしない説教の準備〜エレミヤ1章7、9節” の続きを読む

「何のために、何を求めて、傷つき疲れ、年老いて死ぬのか」〜伝道者の書3章9節

今、毎月のクリスチャン新聞福音版に「聖書は知恵の宝箱」というコラムを書かせていただいています。
 7月号の記事には、「働く者は労苦して何の益を得るのだろう」(伝道者の書3章9節) という問いかけとそれへの答えを書くことにしています。 “「何のために、何を求めて、傷つき疲れ、年老いて死ぬのか」〜伝道者の書3章9節” の続きを読む

ヴィクトール・フランクルのNHKでの放送案内〜「神のかたち」としての創造

 40年間近く聖書を専門に学んできていますが、その中で、何よりも大切に思えたみことばは、「神は人をご自身のかたちとして創造された」(創世記1:27) です。「神のかたち」とは英語で image of God と表現されます。
 それは、すべての人が、この地で、神のご性質を現し得る存在として、それぞれユニークに創造されているということです。
 原初のアダムの罪によって、「神のかたち」が徹底的に失われたという神学解釈がありますが、聖書はそのようには記していないと思います (創世記9:6参照)。 “ヴィクトール・フランクルのNHKでの放送案内〜「神のかたち」としての創造” の続きを読む

ローマ人への手紙4章13〜25節「創造主との対話に生きる幸い」

2024年4月14日

人はときに、立派な信仰を、「何の疑いもなく、信じ通す」ことと誤解します。そして、今日の箇所でも、アブラハムの「信仰は弱まりませんでした。不信仰になって神の約束を疑うようなことはなく」ということばを、そのように、アブラハムは目の前の不安な状況に動じることもなく、神への信頼の姿勢を貫いたと誤解されがちです。 “ローマ人への手紙4章13〜25節「創造主との対話に生きる幸い」” の続きを読む

ウクライナの船越先生ご夫妻からの祈祷課題

 いつもウクライナのために、私たちの働きのためにお祈りくださり、心から感謝しています。
しばらくオデッサではミサイル・無人爆撃機による攻撃がほぼやんでいましたが、今週に入って再び頻繁に起こっています。続けて守られるようにお祈りください。 “ウクライナの船越先生ご夫妻からの祈祷課題” の続きを読む

キリストの現れを待つ——東京都心伝道の祝福——目覚めよと呼ぶ声

 今朝は、東京都心伝道における大きな一歩を踏み出すことができました。日本福音自由教会有志の働きとして都心の中央区での開拓伝道を進めていますが、ようやく月島駅徒歩2分にあるビルの3階を借りて、4月末より固定的な場所での礼拝を開始できることになりました。 “キリストの現れを待つ——東京都心伝道の祝福——目覚めよと呼ぶ声” の続きを読む

イザヤ66章15~24節「神が創造してくださる礼拝の完成」

2024年4月7日

預言者イザヤは、イスラエル王国が圧倒的な大国から攻撃を受けるという中で、人間的な解決を求める前に、何よりも神の前に静まり、神に助けを求めることを優先しなければならないと繰り返し強調しています。 “イザヤ66章15~24節「神が創造してくださる礼拝の完成」” の続きを読む