ルカ24章13〜36節「福音の核心としてのイエスの復活」

2024年3月31日 イースター 

ロシアのプーチン政権を真っ向から批判して今年2月に死を遂げたアレクセイ・ナワリヌイ氏は、2021年の裁判の際に、「私はかつて過激な無神論者でしたが、今はクリスチャンです。信仰が私の活動を助けてくれます。それは聖書の中に様々な状況の中で、どのような行動を取るべきかが記されているからです」と語りました。特に彼はイエスが山上の説教で、義に飢え渇く者は幸いです。その人たちは満ち足りるからです」(マタイ5:6) ということばに支えられていたとのことです。 “ルカ24章13〜36節「福音の核心としてのイエスの復活」” の続きを読む

受苦日音楽礼拝メッセージ

 イエスがユダヤ人の最高議会で裁判を受けておられたとき、大祭司から、「おまえは神の子キリストなのか、答えよ」と問われて、「あなたが言った通りです」と答えました (マタイ26:63、64)。当時は、これだけで十分、神への冒涜罪で有罪にできる答えでした。
 当時のユダヤ人は、それから約二百年前のユダ・マカベオスによる独立運動の成功をいつも語り草にしていました。今、そのような話を知っている日本人はいなくても、その物語を基にした、1747年4月のロンドン上演のオラトリオ、「ユダ・マカベオス」に登場する合唱曲はご存じです。何と日本の伝統スポーツである相撲の表彰式でも奏でられる勝利の歌です。 “受苦日音楽礼拝メッセージ” の続きを読む

岩井基雄先生葬儀——2001年のスイス・ラサでのセミナーの思い出

今日は故 岩井基雄先生(清瀬福音自由教会牧師)の葬儀に参列してきました。
 全体の参列者は600名近くなったのかもしれません。これほど多くの参列者があった葬儀は、僕にとって30年前の故古山洋右先生以来かもしれません。古山先生は62歳、岩井先生は63歳。どちらもすい臓癌でした。 “岩井基雄先生葬儀——2001年のスイス・ラサでのセミナーの思い出” の続きを読む

イザヤ66章1〜14節「父性的であるとともに母性的である神の愛」

2024年3月17日

イザヤ66章10–14節は、キリスト教に対する偏見を決定的に砕く預言のようにも思えます。母親が大好きな僕は、「あなたがたは乳を飲み、脇に抱かれ、膝の上でかわいがられる」という「新しいエルサレム」で実現する「救い」の描写に、何とも言えない平安(シャローム)を感じます。 “イザヤ66章1〜14節「父性的であるとともに母性的である神の愛」” の続きを読む