ルカ24章13〜36節「疑う者とともに歩まれる復活の主」

2021年4月4日イースター

「復活さえなければキリスト教を受け入れられるのに……」と言う人がいます。何しろ、十字架で殺されたはずの人が、新しいからだをもってよみがえり、番兵が見守り封印されている墓の中から忽然と姿を消し、部屋に閉じこもっている弟子たちの真ん中に突然現れ、幽霊ではないしるしとして魚を食べたというのです。 “ルカ24章13〜36節「疑う者とともに歩まれる復活の主」” の続きを読む

十字架と復活の讃美歌〜詩篇2篇  

今日はいよいよイエス様が十字架にかかられたことを覚える聖金曜日です。午後7時から恒例の音楽礼拝を開きます。今年は若干、縮小したバージョンですが、毎年歌っているドイツの古い讃美歌はすべて含まれています。 “十字架と復活の讃美歌〜詩篇2篇  ” の続きを読む

聖木曜日 暗闇の中からの叫び〜詩篇130篇 

いかがお過ごしでしょうか。今日はイエス様が弟子たちと最後の晩餐を祝い、その後、ゲッセマネの園で「苦しみもだえて……汗が血のしずくのように落ちた」(ルカ22:44) という祈りをささげ、その後、捕らえられて不当な裁判にかけられたことを覚える木曜日です。 “聖木曜日 暗闇の中からの叫び〜詩篇130篇 ” の続きを読む

受難の讃美歌「世界よ、ここで見よ」〜詩篇6篇 

明日から新年度ですが、なお多くの方々は不安の日々を送っていることと思います。

今週は受難週ですが、私たちは人間としてのイエスの苦しみをどれだけ理解しようとしているでしょうか? “受難の讃美歌「世界よ、ここで見よ」〜詩篇6篇 ” の続きを読む

ヨブ記20〜23章「私は金のようになって出て来る」

2021年3月28日

クリスチャンとは、「十字架にかけられた犯罪人を救い主として信じる」、世にも奇妙な人種です。そこではときに、苦しみ嘲りを受けることの中に「新しい創造」があると不思議なことが教えられます。 “ヨブ記20〜23章「私は金のようになって出て来る」” の続きを読む

「御救いの喜びを、回復させ、自由の霊が私を支えますように」〜詩篇51:12(私訳)

私たちはしばしば救いの喜びを失い、倦怠感の中に落ちることがあります。そのとき「自由の霊」によって支えられるようにと祈ることができます。 “「御救いの喜びを、回復させ、自由の霊が私を支えますように」〜詩篇51:12(私訳)” の続きを読む

アイザック・ウォッツ作「栄えの主イエスの」(讃美歌142番)〜詩篇73:25–28

私たちの教会ではイエスの十字架の苦しみを覚える聖金曜日には、バッハのマタイ受難曲に登場するドイツの讃美歌の会衆賛美とマタイ福音書の朗読を聞くことを交互に入れながら黙想の時を持っています(今年も4月2日午後7時~8時に開きます)。

しかし、その最後に、例外的に英国起源の以下の讃美歌を歌うと、そのメロディーの馴染みやすさとともに、キリストの受難が心に迫ってきます。グレゴリオ聖歌由来のメロディーが、なんと歌いやすいのだろうと感動します。 “アイザック・ウォッツ作「栄えの主イエスの」(讃美歌142番)〜詩篇73:25–28” の続きを読む

神父の言葉で決意 河井克行元法相〜詩篇142篇

昨年来、元法務大臣の河井克行議員の醜聞がマスコミを賑わしていました。法務省の英語表記は「Ministry Of Justice(正義の省)」ですが、多くの人はこんな品位のない不誠実な人が法務大臣であったと報じられることに政治不信を抱いたことかと思われます。ただ同時に、このような人を何度も当選させた広島選挙区の方々は、それほど人を見る目がなかったのかといぶかしく思っていました。 “神父の言葉で決意 河井克行元法相〜詩篇142篇” の続きを読む