マタイ9章27節~10章4節「真の羊飼いとしてのダビデの子」

2020年5月24日

イエスの時代のイスラエルの民は、自分たちを苦しめているのはローマ帝国だと教えられてきました。しかし、一般民衆を苦しめていたのは誰よりも、当時の宗教指導者であったという見方があります。

土地を持たないはずのレビ人たちが大地主になり、民の十分の一献金ばかりか小作料によって肥え太っていました。それはエゼキエル34章に描かれていた「自分を養っているイスラエルの牧者たち」の再来でした。 “マタイ9章27節~10章4節「真の羊飼いとしてのダビデの子」” の続きを読む

「天使にラブソングを」〜詩篇110篇

今、私はヘブル書の解説の本の仕上げに忙しくしていますが、それを通しての鍵となっているのが詩篇110篇です。ここにはダビデの子であるイエスが、同時にダビデの主となっており、神の右の座についてこの世界を治め、同時に、メルキゼデクの例に倣う祭司として、私たちのために執り成しをしてくださっているという途方もないことが記されています。
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サウンド・オブ・ミュージック〜詩篇148篇

外出自粛要請の中でうっとうしい天気が続くと、気が滅入ってしまうという方もいらっしゃるかと思います。何か、心が窮屈になってしまいます。

1965年に世界的に大ヒットしたサウンド・オブ・ミュージックという映画がります。僕も何度も見ました。あのアルプスの山々を背景に始まるシーンは感動的です。そこでは、次のように歌われます。 “サウンド・オブ・ミュージック〜詩篇148篇” の続きを読む

神の時、合唱曲「今日も一つ」〜詩篇31篇

最近、行動範囲が狭くなっているせいか、日々の気分が天気ばかりか、その朝の睡眠によっても左右されていることを覚えます。やるべきことがたくさんあるのに、まったく気分がついて行かない時もあります。そのような中で、改めて以下の詩篇のことばが心に響きました。 “神の時、合唱曲「今日も一つ」〜詩篇31篇” の続きを読む

「愛しています。信じています」弦楽演奏と共に〜詩篇116篇

当教会の仲間が、素晴らしい演奏をユーチューブにアップしてくれました。それを聞きながら、ふさわしい詩篇を探したら、詩篇116篇が思い浮かびました。音楽を聴きながらこの詩篇を味わってみてください。 “「愛しています。信じています」弦楽演奏と共に〜詩篇116篇” の続きを読む

Ⅱ歴代誌27〜30章「恵みを与えようと待っておられる主」

2020年5月17日

前回は、神殿で幼児期を守られていたヨアシュ、謙遜に「神の人」に聞いてエドムに勝利したアマツヤ、ダビデ時代の栄光の一部を回復したウジヤという三人の王の生涯を見ました (24-26章)。みな最初は模範的な王でしたが、最初の二人は隣国と戦いに負けた後、家来たちに殺され、最後のウジヤは神の怒りでツァラアトに冒され、隔離生活のまま寂しく生涯を閉じました。 “Ⅱ歴代誌27〜30章「恵みを与えようと待っておられる主」” の続きを読む

詩篇100篇

カミュの「ペスト」には、感染症が終息して行く時期の、希望を持つこと自体に疲れてしまっているという倦怠感と同時に、心の底に「大きな希望が波立っていた」という心の揺れが描かれています。私自身の中にも同じような心の揺れがあります。

私たちはこの時期、全能の創造主の御手の中にある揺るがない希望を思い起こしながら、同時に、目の前の危険に目を開き、冷静に一つ一つの課題に対処して行きたいものだと思わされています。
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詩篇4篇

政府の緊急事態宣言の解除の方向が見えて来ていますが、すぐに「ハレルヤ、感謝します!問題は解決しました」という雰囲気は期待できそうもありません。

昨日も、ドイツのメルケル首相は、「われわれの目標は、最初から、ウィルスの拡散を止めることではなく、拡散速度を遅くすることであった。引き続き、爆発的な感染の広がりに注意をする必要がある」と訴えていました。要するに、危険と隣り合わせに生きるようにという勧めです。それはまさに詩篇の世界の生き方です。 “詩篇4篇” の続きを読む