金の子牛を作って戯れた民と、神のために命を賭けると豪語したパリサイ人は一見、対照的ですが、自分のイメージした神を礼拝したという点で一致します。 “出エジプト記31章18節~40章38節「神がイスラエルのただ中に住むために」” の続きを読む
エペソ4章13〜16節「終局における一つ、教会」
2026年1月18日(寺村師)
創世記2章18〜24節「基礎としての一つ、めおと」
2026年1月11日(寺村師)
出エジプト記20章18節~31章18節「主 (ヤハウェ) を礼拝し、主を現わす共同体」
多くの人が言い知れない倦怠感、空虚感や孤独感を味わっています。それは「自分の都合」を最優先できる世の中になった結果かもしれません。 “出エジプト記20章18節~31章18節「主 (ヤハウェ) を礼拝し、主を現わす共同体」” の続きを読む
黙示録21章1〜8節「すべてが新しく」
2026年1月1日(寺村師)
出エジプト記19章1節~20章21節「私たちを幸せにする十のことば」
「十戒」と呼ばれる御教えは「戒め」というより「十のことば」(出34:28、申命記4:13、10:4) として描かれます。 “出エジプト記19章1節~20章21節「私たちを幸せにする十のことば」” の続きを読む
ピリピ人への手紙2章3〜13節「キリストの生き方に倣う幸い」
ルカ2章25〜38節「待ち望んだ慰め主、贖い主」
2025年12月21日(寺村師)
ヨハネ福音書1章1〜18節「なぜ、創造主は肉の身体を取られたのか」
この度、欧州を24日間旅して、改めて日本の住みやすさを実感しました。それは自分の常識的な感覚が通じるという安心感です。その背後に日本固有の神話的な物語が集合的無意識のように共有されているのかもしれません。 “ヨハネ福音書1章1〜18節「なぜ、創造主は肉の身体を取られたのか」” の続きを読む
イザヤ書53章7〜12節「子羊の凱旋」
2025年12月7日(寺村師)

