2026年3月15日(寺村師)
レビ記17~27章「私たちを真に生かす、愛の招き」
私は信仰に導かれたころ「あなたがたは聖なる者でなければならない」と聞いて、恐れを抱くと同時に、それがこの世からの「分離」を意味するという面ばかりを聞いて、つまずきを覚えました。この矛盾に満ちた社会で真の意味で生かされることを目標に勉強をしてきたつりだったからです。 “レビ記17~27章「私たちを真に生かす、愛の招き」” の続きを読む
マラキ書1章1〜6節「大いなる方への口答え」
2026年3月1日(寺村師)
レビ記8~16章「聖なる神との親密な交わりへの備え」
神は「聖」であられ、人が好き勝手な方法で近づくことができない方ですが、その方が私たちとの親密な交わりを築きたいと願ってくださいました。 “レビ記8~16章「聖なる神との親密な交わりへの備え」” の続きを読む
レビ記1〜7章「聖なる神が汚れた民の真ん中に住むために」
レビ記は多くの人々から難解な書と思われ、しばしば敬遠されています。しかし、イエス・キリストの十字架の真の意味を、この書を飛び越えて理解することができるのでしょうか? “レビ記1〜7章「聖なる神が汚れた民の真ん中に住むために」” の続きを読む
ヨハネ15章1〜11節「キリストにあって実を結ぶ」
2026年2月8日(寺村師)
ルカ6章20〜21節「今泣いている人たちは幸いです」
2026年2月1日(原口神学生)
出エジプト記31章18節~40章38節「神がイスラエルのただ中に住むために」
金の子牛を作って戯れた民と、神のために命を賭けると豪語したパリサイ人は一見、対照的ですが、自分のイメージした神を礼拝したという点で一致します。 “出エジプト記31章18節~40章38節「神がイスラエルのただ中に住むために」” の続きを読む
エペソ4章13〜16節「終局における一つ、教会」
2026年1月18日(寺村師)
創世記2章18〜24節「基礎としての一つ、めおと」
2026年1月11日(寺村師)

