2018年7月15日
私たちが抱く「悪しき者」と「正しい人」のイメージは、聖書が描く基準とは異なります。新共同訳聖書では、それを「主に逆らう者」と「主に従う人」と敢えて解説を加えた訳にしています。また「ねたみ」を「熱情」と訳し直したりもしています。 “Ⅰ列王記15章〜17章「生ける神との愛の交わり」” の続きを読む
2018年7月15日
私たちが抱く「悪しき者」と「正しい人」のイメージは、聖書が描く基準とは異なります。新共同訳聖書では、それを「主に逆らう者」と「主に従う人」と敢えて解説を加えた訳にしています。また「ねたみ」を「熱情」と訳し直したりもしています。 “Ⅰ列王記15章〜17章「生ける神との愛の交わり」” の続きを読む
2018年7月8日
戦争は悪ですが、人生に戦いはつきものです。日本のサッカーチームがイエローカードの少なさで決勝トーナメントに進むことができ、ベルギーとの戦いで放ったあの二本の美しいシュートには、日本人の誰もが歓喜したことでしょう。
「キリストのうちにある生活」をサタンとの戦いとして描く本日の箇所は、多くの人に違和感を覚えさせられるかもしれません。しかし、これこそ私たちが直面する信仰生活の現実です。 “エペソ6章10〜24節「悪魔の策略に対して堅く立つ」” の続きを読む
2018年7月1日
私たちの心の奥底には、「自分の人生を思い通りに生きていたい」という願望があります。ところが人生はそのようにはなりません。そこで私たちは災いの原因となる人を恨んだり、自分の非力さを悲しんだりします。 “Ⅰ列王記12章〜14章「真の王を忘れたイスラエルの悲劇」” の続きを読む
2018年6月17日
創造主に向かって私たちは、「変えられないことを受け入れる平静な心を、変えられることは変えて行く勇気をお与えください」とお祈りします。不条理と映ることも、全能の主の御手の中で起きています。それを忘れると、忍耐心のない刹那的な刺激を求める自己中心的な生き方が正当化されてしまいます。 “エペソ6章1〜9節「キリストを恐れ、創造的に仕え合う」” の続きを読む
2018年6月10日(音声なし)
ある神社に掲げられていた多くの絵馬の一つに、7歳の子が「お金持ちになれますように」と祈願しているものがありました。そのダイレクトな表現を見て、とっても心が痛みました。貧しくて、とっても苦しんでいる子なのかもしれないし、お金の意味を理解していない子なのかもしれません。 “Ⅰ列王記9章〜11章「私たちの憧れが実現する中にある罠」” の続きを読む
2018年6月3日
以前、結婚前カウンセリングで、「うまくゆかなかったら離婚もあり得るなどと決して考えてはいけない」と申し上げたところ、反対に、「そのような言い方が、かえって結婚関係を壊すことにもなり得る」と言われてしまいました。その方は米国人の精神科医で、「離婚は罪だ!」という呪縛の中で多くの夫婦が苦しんでいるのを目の当たりに見てきたからです。
2018年5月27日
イエスの時代の人々は外面的には壮麗な神殿を見ながらその神殿が主(ヤハウェ)の栄光に満たされることを待ち望んでいました。それをユダヤ人はシェキナー(Shekinah)と呼びました。それはモーセが建てた幕屋にもソロモンが建てた神殿にも現わされたものです。
2018年5月20日 ペンテコステ
先日、イスラエル建国七十周年記念ツアーの一環で、ユダヤ人クリスチャンとともにアウシュビッツ強制収容所を訪れた方が、戦争末期にユダヤ人たちをドイツ中心部の収容所へと強制移住させた悪名高い「死の行進」の道をたどった体験を語ってくださいました。日本人の感覚からしたら、死者の犠牲を思いながら沈痛な雰囲気で行進すると思いますが、ユダヤ人は高らかに歌い踊っていたとのことです。 “エペソ5章3〜20節「新しい創造の喜びを生きる」” の続きを読む
2018年5月13日
ソロモンは栄光に満ちた神の神殿を建てることができました。しかし、それは主がダビデに、「あなたの身から出る世継ぎの子……はわたしの名のためにひとつの家を建てる」(Ⅱサムエル7:13)と言われたことの成就でした。 “Ⅰ列王記4章〜6章「神の御住まいが建てられるために」” の続きを読む
2017年4月29日
アルコールやギャンブルなど、様々な依存症を患っている方に、ありとあらゆる警告や脅しをかけることによって、その人の行動を改めさせようとすることがありますが、それが効果を発揮することは、まずあり得ません。かえって、その人の自己嫌悪感を増幅させ、酩酊状態やギャンブルの勝利で得られる全能感を求めさせるようになることでしょう。