ゼカリヤ3章〜5章「奇跡の人として生かされる」

2014年3月23日

わざわい会っている方のことを、「あの人は、何か隠された罪のゆえに、サタンの攻撃を受けているのでは・・・」などと、傷口に塩を塗るような評価をする人がいるかもしれません。しかし、そのような人は、ヨブ記によるとサタンの味方になっているのかもしれません。 “ゼカリヤ3章〜5章「奇跡の人として生かされる」” の続きを読む

ゼカリヤ1章〜2章「神の瞳へのさばきといやし」

2014年3月16日

世界の歴史に対するユダヤ人の影響力には驚くべきものがあります。ユダヤ人は世界人口のたった0.2%を占めるに過ぎないのに、全ノーベル賞受賞者の少なくとも2割、経済学賞に至っては4割がユダヤ人だと言われます。その秘訣を巡っていろんなことが言われますが、ユダヤ人は何よりも旧約聖書に親しむ民であるということは誰も否定できない事実です。 “ゼカリヤ1章〜2章「神の瞳へのさばきといやし」” の続きを読む

ヨハネ1章19〜34節「聖霊を授けられて生かされる」

2014年3月9日

私たちの信仰生活の神秘は何よりも聖霊のみわざにあります。初代教会の時代、アポロという雄弁な伝道者がいましたが、彼のことが、「イエスのことを正確に語り、また教えていたが、ただヨハネのバプテスマしか知らなかった」と描かれ、それに対し、パウロのから教えを受けていたプリスキラとアクラが、「彼を招き入れて、神の道をもっと正確に彼に説明した」と描かれています(使徒18:24-26)“ヨハネ1章19〜34節「聖霊を授けられて生かされる」” の続きを読む

Ⅱテサロニケ2章9節〜3章18節「静かに仕事をし、自分で得たパンを食べなさい」

2014年2月23日

今も昔も、「この世の終わりが近づいた」という教えを信じると、目の前の仕事がバカらしくなるのでは、という誤解があります。それに対しルターは、「たとい明日、世界が消えると分かっていたとしても、それでも今日、私はリンゴの木を植えよう」と言ったと伝えられています出典不明“Ⅱテサロニケ2章9節〜3章18節「静かに仕事をし、自分で得たパンを食べなさい」” の続きを読む

詩篇62篇「ただ神に向かって、私のたましいよ、沈黙せよ」

2014年2月9日

多くの信仰者にとっての落とし穴とは、主ご自身を仰ぎ見ることよりも、自分の「生き方」に目が向ってしまうことではないでしょうか。また、キリストご自身以前に、他の信仰者の成功例に習いたいという誘惑もあります。多くの人々から尊敬されている神学舎で、カウンセラーでもあるラリー・クラブは自分の失敗談を次のように語っていました。 “詩篇62篇「ただ神に向かって、私のたましいよ、沈黙せよ」” の続きを読む

ゼパニヤ1章1節〜2章3節「主を尋ね求めない者たちへの主の怒り」

2014年1月26日

私たちはみな、自分が無視されることに腹を立てます。しばしば、多くの妻たちは、経済的な不安以前に、夫の目が自分に向けられていないことに心を痛めています。実は、私たちの創造主も、何よりも私たちの心が主に向けられていないことに悲しみと怒りを覚えておられるのです。 “ゼパニヤ1章1節〜2章3節「主を尋ね求めない者たちへの主の怒り」” の続きを読む

Ⅱテサロニケ1章1節〜2章14節「神の国にふさわしい者とされるため」

2014年1月19日

日本の政治の右傾化の問題が議論されています。確かに私たちは政治に目を見張る必要があります。しかし、この世の政治がどれほど私たちの理想に近づいたとしても、信仰者はどこかで必ず、この世の権威と衝突するということをも忘れてはなりません。 “Ⅱテサロニケ1章1節〜2章14節「神の国にふさわしい者とされるため」” の続きを読む

ハバクク2章〜3章「悲惨のただ中に生まれる喜び」

2014年1月5日

私たちは互いに、「今年は(も)、良い年でありますように……」と互いの祝福を祈り合います。しかし、はっきりしていることは、わざわいのない年はだれにもありえないということです。必ず何らかの「まさか」に出会います。 “ハバクク2章〜3章「悲惨のただ中に生まれる喜び」” の続きを読む