イザヤ7章1〜17節、9章6〜7節「神が、私たちとともにおられる」

2012年12月16日

「『神が、私たちとともにおられる』というなら、なぜこんな不条理が放置されているのでしょう・・」という気持ちの中で、神を礼拝しに来るのが苦痛になっている人がいます。また、「神を信じても何も変わりはしない・・」と思って失望感をつのらせる信仰者がいます。しかし、ユージン・ピーターソンはベストセラーとなった信仰の旅路に関する詩篇の解説書のタイトルを、無神論者フリードリッヒ・ニーチェのことば、A long obedience in the same direction 「この天と地において本質的なことは、同じ方向への長い忠実さが必要だということ、それを通してこそ結果が生まれ、それは常に長い期間を通して実現されることである。それこそ、人生を生きるに値するものにするのである」から引用しました。 “イザヤ7章1〜17節、9章6〜7節「神が、私たちとともにおられる」” の続きを読む

マルコ14章1〜11節「福音を生きたひとりの女」

2012年12月9日

故田中角栄氏が「政治は数であり、数は力、力は金だ」と言われたことが、金権政治の哲学と批判されてきましたが、何の既得権益も持たない人が社会に影響力を発揮しようとするときに、このことばは極めて現実的な政治哲学とも言えましょう。私たちもある人の功績をたたえる時、その人が成し遂げた何かを語ります。そして、何かを成し遂げた人は、お金や力や人を使うことに長けている場合がほとんどです。
“マルコ14章1〜11節「福音を生きたひとりの女」” の続きを読む

ホセア6章4節〜8章14節「神が喜ぶ誠実さとは?」

2012年12月1日

多くの日本人は熱すぎる信仰に恐怖のようなものを感じます。それは自分の確信に熱くなりすぎて、他の人の意見が聞けなくなり、独善的になるからです。そして、その恐れは根拠のないことではありません。 “ホセア6章4節〜8章14節「神が喜ぶ誠実さとは?」” の続きを読む

マルコ13章24〜37節「世界の終わりと思える中で」

2012年11月25日

マルコの福音書13章は、しばしば世界の終わりに関する預言として理解されてきました。しかし、文脈から明らかなように、直接的なテーマはエルサレム神殿の崩壊に関することです。もちろん、これをキリストの再臨に関する教えと理解しても現代への適用は、基本的に変わりはしません。そのことを宗教改革者マルティン・ルターは、「たとい世界が明日滅びると分かったとしても、それでも私は今日、りんごの木を植えるだろう」と言いました。 “マルコ13章24〜37節「世界の終わりと思える中で」” の続きを読む

ホセア4章1節〜6章3節「主を知ることを切に追い求めよう」

2012年11月18日

私は昔、浄土真宗に興味を持ったことがあります。その開祖親鸞は、自分の心の醜さや弱さに正面から向き合った結果、自分の修行の力によって悟りを開くことは無理であるということに気づき、ただ御仏のあわれみにすがるしかないという結論に達しました。その際、どんな罪人をも救ってくださる方が、阿弥陀仏として紹介されます。しかし、その方は歴史上の人物としては記録されてはいませんし、どのような方であるかもほとんど分かりません。浄土真宗では阿弥陀仏の実在性よりも、私たちのうちに救いを求める心が芽生えていること自体が大切なのだと説かれます。 “ホセア4章1節〜6章3節「主を知ることを切に追い求めよう」” の続きを読む

マルコ12章35〜44節「神の救いはあらゆる常識を超えている」

2012年10月28日

イエスの時代の宗教指導者たちは、一様に、「神の国」の実現を待ち望んでいました。それは目に見えるダビデ王国の再興のときでした。律法学者たちは指導者たちの中でも、特に、目に見えない神のご支配や復活のいのちということに目を向けていました。ただ、その際、主を愛する者に主は「祝福」を与え、主の御声に従わない者には「のろい」が与えられるという趣旨の教えを、あまりにも短絡的にとらえていました。 “マルコ12章35〜44節「神の救いはあらゆる常識を超えている」” の続きを読む

箴言25章1〜11節、16〜22節、28節「わからない世界で生きる」

2012年10月14日

日本の電車の時刻の正確さは、世界に誇ることができるものです。私たちはどこに行くのにも、あらかじめ乗り継ぎ時間を調べながら、自分の時間を事前に管理できます。私の場合も、神経症的な性格のせいか、いろんなことを予定通りに進めたいと思います。そして、ある程度、それができます。毎週、「もう、無理……」と、思いながらも、きちんとメッセージの原稿は仕上がり、出版社には期限通りに依頼された記事をお送りしています。 “箴言25章1〜11節、16〜22節、28節「わからない世界で生きる」” の続きを読む

マルコ12章18〜34節「原点に立ち返る」

2012年10月7日

広島の平和公園の原爆死没者慰霊碑には、「安らかに眠って下さい。もう過ちは、繰り返しませぬから」と記されています。これは、まさに日本語らしい文章で、過ちを繰り返さないと誓っているのが誰かがぼかされている文章とも言われます。しかし、それはひとりひとりが静かに、戦争の原点に立ち返るきっかけを与える名文ではないでしょうか。 “マルコ12章18〜34節「原点に立ち返る」” の続きを読む